周囲を反射し、音を奏でる、天から降り注ぐステンレスパイプ
無数の金属の筒が、天井から静かに吊り下がっている。
重力に導かれ、光を纏い、空間を変える。
一本一本がわずかに揺れながら、他の筒と干渉し、触れ合い、ときにかすかな音を鳴らす。
金属が奏でるその微細な音は、風に揺れる葉のようでもあり、どこか記憶の底をくすぐるような響きをもつ。
かつて工場でこの鉄パイプが奏でていた音は、全く異なるスケール・スピードで繊細に蘇る。
長さ80mm前後、直径19mmのステンレスパイプ。その表面には、来場者や照明、周囲の壁までもが映り込む。
中空のパイプは、空気や音を通し、空間の“気配”までも透過させる。
それは単なる物体の集合ではなく、空間そのものを感じ取るセンサーであり、媒介である。
足を踏み入れることで気流が変わり、筒がわずかに揺れ、音と反射が応える。鑑賞者の存在や動作そのものが、
作品の一部になる。空間と物質と人の関係が、その都度変化していく様を体感できる、五感を通した装置である。


この作品は、町工場に眠るステンレス端材を主素材としている。
工場見学を経て、筒だけでなく円盤状のステンレス端材を活用することにした。
円盤は雲のように重なり、その下から金属の雨が降る構成へと発展した。
鏡面の雲は、吊られた筒を反転して映し出し、遥か上空からも雨が降るような、二重の空間を生み出している。
吊り具には、実家で使われなくなった釣り具のワイヤーとガン玉を再利用した。
工業製品と日常の道具、異なるスケールの金属がこの作品の中で出会っている。
穴あけ加工は、当初想定していた斜め貫通ではなく、水平に一つずつ手作業で開けることになった。
ドリルが滑りやすいステンレスに対して、バイスで丁寧に固定し、感覚的な位置決めで貫通させていく。
その微細な揺らぎが、最終的には筒の傾きやリズムの個性となって現れる。
整然とは並ばない、手の痕跡が残る不均一さが、作品の生命感につながっている。
普段、デザイナーとして自ら工具を握り、素材を加工する機会は少ない。
今回の制作では、素材の硬さや冷たさ、金属光沢の変化を自分の手で確かめながら形にしていった。
工場の中で交わした会話やアドバイス、道具を使う身体感覚が、この作品の一部になっている。
廃材という偶発的に生まれた素材を、
秩序と偶然のあいだに浮かぶ詩的な自然現象として再構成する。
それは、ものづくりの原点にある「素材との対話」を再び見つめ直す試みである。

■デザインフェーズ制作フェーズ
空間・素材・重力・光を構造的に整理し、詩的現象を成立させるための基盤を設計
パラメトリックモデリング
ビジュアルスクリプトを用いて、パイプの数・傾き・吊り位置を制御。
密度やリズムを調整しながら、自然な“降り”の印象を探った。

レイトレースレンダリングによる反射検証
筒の反射が空間照明にどのような影響を与えるかを3DCGで解析。
反射光が天井・床・観者に与える心理的印象を可視化。

ユニット化の検討
設営・輸送を考慮し、構造を複数ユニットに分割。円盤の端材によって分割線を隠す。
H鋼から吊るための接続構造も含め、施工性と審美性の両立を目指す。

■制作フェーズ
工場に眠る素材に直接触れ、手作業による偶然性と感覚的精度のあいだを探る
材料の選定
町工場で端材を選別。
サイズ・仕上げ・反射性を確認。

穴あけ
ドリルが滑るステンレスに対し、ポンチで窪みをつけた後、バイスで水平固定して一か所ずつ穴をあける。手作業による位置の揺らぎが最終的なランダム性を生む。

バリ取り
安全性と美観を考慮し、1本ずつベルトサンダーでパイプ切断面のバリを削る。

洗浄
1次洗浄:シンナーにまとめて浸して洗う
2次洗浄:シンナーとクロスで1本ずつ表面を磨く

ワイヤー固定
釣り具用のワイヤーとガン玉を再利用。
再生素材の中で異なる金属文化が交差。

吊り込み・設営
鏡面の円盤(雲)にパイプを吊り下げ、H鋼に固定。
反射によって上下が反転し、遠い上空から雨が降るような奥行きを形成。

Rendering :
Shiotsuki Takuya
Photo :
友安製作所
Shiotsuki Takuya
Partner :
小泉製作所
友安製作所
Award :
FactorISM ART AWARD 2025 審査員特別賞
2025
